帯同報告集

第1回AAA選手権大会(オーストラリア) 1994年

小柳磨毅(大阪府立看護大学医療技術短期大学部 理学療法学科)
(現・大阪電気通信大学 医療福祉工学部 理学療法学科)

第1回アジア・ジュニア選手権大会(AAA大会と略、以下同じ)は、アジア・オセアニア地区初の高校野球選手権大会として、1994年12月26日から翌年1月4日までの期間、オーストラリア・ニューサウスウエールズ州のリズモア市で開催されました。

全日本選手は高校2年生を中心に、全国から地方大会での成績等を参考に選抜された18名が選抜されました。チームが結成された1994年12月19日に 整形外科医師と内科医師によるメディカルチェックを実施し、遠征出発までの5日間は和歌山県湯浅町にて国内合宿が行われました。大会は1994年12月 28日から翌年1月4日までの日程で行われ、この間全日本チームはダブルヘッダーを含む計8試合を行いました。
国内合宿は我が国では冬季の比較的練習量の少ない時期であったこともあり、メディカルチェックで指摘のあった柔軟性や筋力の低下等の改善を目的としたコ ンディショニングに十分な時間を割いて実施しました。合宿中は複数の理学療法士が起床時の軽運動から練習の前後、寄宿後にかけてチーム全体ならびに選手個 別のウォーミングアップとクーリングダウンを行いました。

遠征には医務役員として理学療法士1名が種々の機材を携行して帯同しました。大会中、全日本チームの宿舎となったサザンクロス大学リッチモンドビラの一室にコンディショニングルームを設置しました。

南半球のオーストラリアは真夏の時期であり、日中の気温は40℃を越える猛暑でした。急激な環境変化に対し、選手の頻繁な水分補給、睡眠・休息時間の確保、バランスのとれた食事の摂取の指導を行いました。

大会期間中の最も重篤な外傷は、大会2日目の対中華台北戦で内野手がデッドボールにより受傷した右尺骨骨折でした。救急処置を行って近隣の医療機関に搬 送、現地のスポーツ医の適切な処置により、帰国3カ月後の選抜高校野球大会には出場して活躍しました。この他、ほぼ休みなく連日試合が続いたため、投手は 肩周囲、野手では下肢の筋疲労や痛みを多くの選手が訴えていました。

遠征中のコンディショニングはコンディショニングルームと球場で実施しました。メ ディカルチェックで多数の選手が指摘された肩の腱板機能の低下に対しては、ゴムチューブによる軽負荷のトレーニングを国内合宿より引き続いて実施し、練習 後のアイシングは投手、野手を問わず選手全員に義務づけました。徒手や機器によるコンディショニングにより、骨折例をのぞく全員が大会終了まで出場しまし た。遠征期間中、マッサージやストレッチング等の徒手療法、テーピング、超音波をはじめとする物理療法を含めて70件以上の実施件数がありました。外傷例 を除きメディカルチェク時の症状が増悪したり、競技が困難となった選手はなく、これらのコンディショニングは有効であったと考えられます。

全日本チームは、大会最終日の決勝戦で開催国のオーストラリアを下して優勝しました。