帯同報告集

第4回 AAA 大会(台湾) 2001年

中江徳彦(豊中渡辺病院 リハビリテーション科)

(現・東豊中渡辺病院 リハビリテーション科)

16〜18歳の国際大会である第4回アジアAAA野球選手権大会が2001年8月30日から9月4日の6日間の日程で、アジア・オセアニア地域の 8カ国が参加し台湾の台北市において開催されました。今回、全日本高校野球選抜チームの台北派遣に帯同しましたので報告いたします。

8月22日、夏の甲子園大会が西東京代表の日大三高の優勝で幕を閉じましたが、それと同時に全日本選抜チームのメンバーが発表されました。今回の派遣メ ンバーは春の甲子園大会後の第一次候補選手も含めた中から選考された18名で、8月24日より高校野球連盟会館で国内合宿に入りました。
今回の合宿・遠征は理学療法士が2名体制となり、当研究会の坂口美隆先生をチーフに前半の1週間を同じく研究会の町田実雄先生が、後半の1週間を坂口先生 と私が帯同しました。国内合宿では連日の猛暑と厳しい練習で少々バテ気味の選手もいたようですが、宿舎でのリ・コンディショニングによる疲労回復やウェイ トコントロールなども含めて体調管理に努めました。整形外科の医師による選手の検診にも同席しましたが、特に大きな故障を持った選手もなく、良好な健康状 態で8月29日の遠征出発を迎えました。

台北は関西国際空港から空路2時間半で、移動に関してはきついものではありませんでしたが、空港に着いたときはかなり蒸し暑く感じました。気候は亜熱帯 でこの時期は雨が多いとは聞いておりましたが、大会期間中は唯一最終日のみ雨が降らなかっただけで、連日の雨によるスケジュールの変更に役員、選手ともに 悩まされました。

今大会は日本、台湾、韓国、豪州の実力上位4カ国によるAグループと、他の4カ国によるBグループに分かれて予選リーグを行い、 Aグループの上位3チームとAグループ4位とBグループ1位との勝者による4チームが決勝トーナメントに進むという方式でありました。
8月30日の大会初日が早速雨で順延となり、たび重なるスケジュール変更や試合中断にも集中力を切らさなかった日本チームは、豪州戦を皮切りに韓国、台 湾に快勝し、予選リーグを1位で準決勝進出を決めました。その後も断続的な雨のため決勝トーナメントの開催が危ぶまれましたが、グランド整備など地元ス タッフの努力により何とか準決勝と決勝は最終日にダブルヘッダーで行われことになりました。
韓国との準決勝は熱戦となり、相手の主戦投手を攻略した日本チームは決勝進出を果たしました。決勝の相手は地元の台湾で球場は応援団で満員となり、太鼓 と笛での激しい応援は改めてアウェーでの試合であることを体感させられました。試合は息詰まる投手戦でありましたが、準決勝の後の僅か30分後の試合で疲 れていた日本は残念ながら負けてしまい、惜しくも準優勝でした。

帯同中の理学療法士の仕事は、飲料水およびスポーツドリンクと氷の準備、ウォーミングアップとクールダウンの指導、試合中の怪我の処置、試合前のテーピング、宿舎でのコンディショニングが主な仕事でした。
ホテルでの食事に飽きて食欲を落とす選手もいましたが、大きな怪我や病気もなく遠征を終えることができたことに改めて役員・スタッフの方々に感謝致しま す。今回の遠征は私自身にとって初めての経験でありましたが、今後の選手との関わり方についてたいへん得ることの多かった帯同でありました。

最後になりましたが、今回の合宿・遠征でたいへんお世話になりました日本高等学校野球連盟の皆様、本研究会会員の皆様に厚く御礼を申し上げます。